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言いたいことも言えない~。こんな世の中じゃ……煩悩をポイ捨てすることもできず、悶々とする日が続くことも。“精神と時の部屋”があれば!なんてすがってみたり。そんなときは、越前打刃物体験で、ひたすら包丁を打ち、そして研ぐ。柏樹關で精進料理をいただき、大本山永平寺で坐禅を。無になれるかもしれない!?12日の福井旅の始まり。


国内における恐竜化石の約8割が見つかるという、福井県のジュラシックステーションこと福井駅に到着。「海の宝石箱や~」と叫びたくなる海鮮料理が味わえたり、思わず深呼吸したくなる田園風景がとてつもなく気持ちいい。また、福井県越前市周辺は、越前和紙や越前箪笥、越前焼に越前漆器と、伝統工芸の宝庫でもあるのだ。福井駅からレンタカーで約30分。まずは、伝統工芸である越前打刃物のコミュニティ「タケフナイフビレッジ」へ向かった。


700年前、京都の刀匠「千代鶴国安」が名剣を鍛える水を求めて、辿り着いたのが越前市であり、農民のために鎌を製作するようになったのが、越前打刃物の起源とされる。越前鎌は全国的に普及していったが、高度経済成長を経た1970年代に低迷期が。行く末を憂いた職人さんたちは、「伝統を伝承する」というスローガンのもと、福井県出身の世界的デザイナー・川崎和男氏とともに統一ブランド「タケフナイフビレッジ」を立ち上げ、これまで想像も出来なかったインダストリアルな包丁の開発を開始。その後、海外でも評価されるようになり、さらなるパワーアップのため協同組合の拠点・共同工房・直売所の機能をもつコミュニティ「タケフナイフビレッジ」が1993年に誕生した。

現在は、13の刃物会社が共同で運営を行っている。職人さんの作業風景が見学出来たり、ミュージアムや直売所が併設されていたりと、越前打刃物の“0から100まで”味わいたいなら、ココで即完結!する。今回は、加茂藤刃物の若き職人、将大朗さん&晃太朗さんの朗らかブラザーズ(ちなみに代表は詞朗さん)に、包丁を自ら製作できる体験教室の先生になってもらった。


タケフナイフビレッジの醍醐味の一つが、この体験教室だ。キーホルダー作りなどあらゆるコースが設けられており、今回は“両刃包丁”の制作体験((所要時間6時間)に参加した。包丁作りの工程は“鍛冶と研ぎ”、この二つに大別される。鍛冶職人の将大朗さんに教えてもらいながら、早速、鍛冶工程の第一関門にして最難関の“火造り”がスタート!

「親方に教えていただいたんですが、まず鉄を“夕陽の色”になるまで赤めます」。……しょっぱなから、めっちゃロマンチックだが、めちゃくちゃわかりにくい()。ちなみに温度でいうと800℃くらいだとか。ん~どっちもどっちか。「最初は苦労しましたけど、今は“あっ、これくらいやな”って感覚でわかるようになりました(笑)。それで、鉄が夕陽の色になったら、ベルトハンマーで均等に伸ばすように叩いていきます。大体男性なら5回程度、女性なら10回程度繰り返します」。
ベルトハンマーは足でペダルを踏むと、カンカンカンカン!とハンマーが動く仕組みだ。ふと、考え事をしようものなら、一瞬で包丁が持っていかれる。案の定出来栄えは、ガッタガタ。とにかく集中して、打つべし! ちなみに、最終的に将大朗さんが”アジ“を残しつつ、リカバリーしてくれるのでご安心を。

鍛冶工程は、“火造り”の後、いくつかの工程を除き、“荒ならし”や“越前刃物特有の小ならしハンマーでの荒取り”等、とにかく叩いて、叩いて、叩きまくる。肉体的にも精神的にもラクな仕事じゃない。「もちろん辛いこともありますが、仕事を辞めたいと思ったことは、一度もないです。この仕事を始めて8年経ちますが、10段階でゆうたらまだ4くらいですかね。やっぱり、一番難しいのは、火造り。ここで包丁のクセが決すべて決まる。その後の工程でどれだけ修正しようとしても、どうにもならへんのです。何事も、最初が肝心なんだなって」。



鍛冶工程を終えたら、次は研ぎ。先生は将大朗さんから晃太朗さんへバトンタッチ。「砥石の前に立ち、足を肩幅くらいに開いて全身の力を抜きます。そして、包丁を砥石に対して20度くらいになるように傾ける。後は、ひたすら研ぐだけです」。今度は、ギュイーーーン!というBGMに包まれながら、包丁のしのぎをあげていくことだけに、集中した。

最後は、名前を刻んでフィニッシュ。ちなみに、両刃包丁体験では、鉄orステンレスの素材を選択可能。メンテ必須だが、経年変化を味わえる鉄をチョイス!

「親父よりも喋っているかもしれませんね()」と嬉しそうに語る将大朗さんや、親方の隣で夕陽の色に頬を染める、シャイで真面目な晃太朗さん。
血の繋がりではなく、伝統工芸で繋がった“昭和の家族のような3人の笑顔”に、凝り固まった心が一瞬解きほぐされたような気がした。


タケフナイフビレッジ/工場見学や体験教室、研ぎや修理、直売所等、至れり尽くせりのサービスが凝縮! 日本で一番打刃物という伝統工芸を身近に感じられる聖地だ。住:福井県越前市余川町22-91 営:9時~17時 休:年末年始 電:0778-27-7120 公式ホームページ instagram


最後に、広報担当の戸谷さんに“越前打刃物最大の魅力”をお伺いした。「包丁の産地としては、新潟の三条・岐阜の関・大阪の堺などが挙げられますが、ここの魅力は何といっても“普通に家庭で使う包丁”に力を入れていることです」。プロ用ももちろん制作しているが、毎日使ってなんぼという精神が息づいた、どこよりも身近な打刃物部門での伝統工芸品というワケだ。
「後は、人です。現在タケフナイフビレッジには全体で40人ほど在籍していますが、半分くらいは県外からの若い方々で、みんなで切磋琢磨しながら次世代に向けて楽しく仕事をしています。越前打刃物の歴史は700年続いていますが、実は長くても6代くらいしか続いていないんです。おそらく昔から、人が集まって継承していったんじゃないかと。おいでおいでの、珍しい文化ですよね」。
加茂藤刃物も、京都府出身の将大朗さんと北海道出身の晃太朗さん、前職がプログラマーで神奈川出身の小森さん、そして晃太朗さんの同期である大阪出身の松田さんの5人体制だ。”伝統工芸=LOCALISM”という固定概念は、ココには存在しなかった。

カンカンカンカン!と鳴り響くハンマー音は、なぜだかやけに、心地良かった。

 

越前打ち刃物体験で、やや研ぎ澄まされた感のある精神を、もっと研ぎたい!(これ自体煩悩!?)と思い、曹洞宗の大本山永平寺へ向かった。曹洞宗? 永平寺? をサクッと100字で説明すると、

『鎌倉時代に、正しい坐禅の作法と教えを広めるため道元禅師が建立したお寺であり、日本随一の修行道場! 政治権力との結びつきを避けながら発展していき、民衆の素朴な悩みに応え、地道な布教活動を続けた真心を持つ』

そんな大本山永平寺での坐禅体験や、大本山永平寺認定の“禅コンシェルジュ(後ほど詳しく!)”が在籍する「永平寺 親禅の宿 柏樹關(はくじゅかん)」で禅を全身で浴びてみた。



タケフナイフビレッジを後にし、車で約40分。1日目の18時ごろ、大本山永平寺のふもとに位置する柏樹關へ到着。一瞬お寺!?と錯覚する厳格な門をくぐると、ほーっ!!! 巨大な“魚鼓(ほう)”がお出迎え。ちなみに“魚鼓”とは、食事の時間を棒で鳴らして告げるもの。へ~。柏樹關開業のタイミングで、大本山永平寺から寄贈されたそうだ。建物の柱には大本山永平寺の天然杉を使用していたりと、入った瞬間“ただの感じがいい宿”とは全く違うオーラを纏っていた。

また、客室のサインは越前漆器、ベッド上には越前和紙のアート、そして越前焼の洗面器etc.地元をレペゼンした雰囲気作りで、徹底した地産地消による地域貢献も感じ取れる。また、谷崎潤一郎氏の名著「陰翳礼賛」の“陰翳によって生かされる美こそ日本の伝統美”という思想をベースに、宿全体が必要以上に明るくならないよう調整されているのも、柏樹關ならでは!!!


ざっくり“精進料理=ヴィーガン”なんていう浅はかな印象を持っていたが、実際はもっともっと、深かった。「柏樹關の厨房に立つ前に、僧堂で料理長を務めていた典座和尚の三好老師に2日間精進料理を学びました。『もったいない、使い切る』ということを忘れず調理してください、と。技術ではなく、心構えが一番大切なんだとハッとさせられました」。精進料理には、“料理を作ることも、料理を食べることも修行”という教えがある。また、力の源となる動物性の食材と五葷(ニンニク・ニラ・ラッキョウ・タマネギ・ネギ)は使わない。そして、食材の命ととことん向き合う。

「椿山荘で婚礼料理を担当していた際、隣のお客様と大きさや形が違うというのは、あってはならないことでした。形を揃えるためにはどうしても無駄が出てしまいますよね。でも今は、生ゴミなんて、ほとんどなくなりましたよ」。三好老師から直々に教えて頂いたという車麩フライと椎茸と胡瓜のあいまぜ、そして胡麻豆腐の3品は、不動のクリーンナップとして鎮座する。加えて、人参の皮をきんぴらや胡麻豆腐を作る際に出た殻でアレンジした胡麻酢料理等、多種多様な料理で華を添える。

「よくお客様は、“このお味噌汁、何が入っているんですか!?”と驚かれます。そのときは決まって、“すべて、野菜の力です”と答えています」。
大平さんは、今まで捨てていたかもしれない“未知の食材”を生かしながら、今日も厨房で、精進料理に精進している。

一番気になる役職“禅コンシェルジュ”! エントランスを入ってすぐ右にある“開也の間”で久保田さんに突撃取材。「第二の布教の場としてある柏樹關で、お客様に禅の魅力を身近に感じてもらう橋渡し的な役割を担っています。具体的には、ここ“開也の間”での坐禅指導や大本山永平寺での“朝のおつとめ”への同行、諸堂案内など。大本山永平寺に認定を受けた者しかなれず、まずは大本山永平寺に研修に行き、6泊します。修行僧のかたと同じスケジュールで、一日40分×8セットの坐禅を組む。そして大本山永平寺の諸堂案内、最後は筆記試験を受けて合格すれば、禅コンシェルジュの資格を得られます」。
ちなみに、筆記試験は100問中全問正解がマスト。問題は、“大本山永平寺の建立年?”から“永平寺町のキャラクターは?”まで、バリエーション豊か!

そもそも久保田さんが坐禅に開眼したのは、高校生のとき。「調理師免許を取得できる高校で、精進料理を学ぶための課外研修で大本山永平寺を初めて訪れました。正直、“観光寺”というイメージがあったんですが(笑)、180度印象が変わりました。朝のおつとめに参加した際、300人もの修行僧のかたがたの“マイク使ってるの!?”というぐらい迫力のある読経に圧倒され、背後から差し込む朝日と相まって、言葉を失った。あっ、ここは“修行寺”なんだって。
その後、地元の百貨店に就職。しばらくしてお仏壇売り場に配属となったことをきっかけに宗派を学ぶようになり、10年振りくらいに大本山永平寺へ。そのときは、“修行僧のかたがたは、なんでこんな朝早くから、なんのためにこんなことをやっているのか”という疑問を抱きました。一回一回、感じ方が違うんだろうなって。きっと、飽きが来ないんだろうと思ったんです」。その後良縁が重なり、久保田さんは天職である“禅コンシェルジュ”へと転身した。

欧米を中心に注目され、日本でも生活リズムの見直しをきっかけに興味をもつ人も増えつつある坐禅。そこで、“起床→坐禅→朝飯”の新・ルーティンを確立するための3ステップをお伺いした。
「1ステップ目は、“結跏趺坐(けっかふざ)”。右足の甲を左腿に乗せ、その後左足の甲を右腿に。両膝を地面に付け、腰と合わせて3点で支えるように座ります。その際、クッションなどを下に敷くといいですよ。両足が乗らない場合は、“半跏趺坐(はんかふざ)”といって、右足の甲だけ左腿に乗せ、左足は右腿の下に仕舞うスタイルでもOK。
2ステップ目は“法界定印(ほっかいじょういん)”。右手の上に左手を半分重ねて、親指の先を軽く触れるくらい付ける。それを丹田にそっと据える。
そして3ステップ目は、“目線”です。姿勢を正し目線を45度くらい下げ、目は開けたまま。また、調身(姿勢を整える)・調息(息を整える)・調心(心を整える)の3本柱も同時に意識しましょう。あとはひたすら坐禅を組みます」

家では、毎朝5分~10分くらいから。ヒーリングミュージック(ジミヘンはNG)をかけてもいいし、何か考え事をしてしまっても、それに囚われずムーディ勝山の如く“右から左に受け流す”ことを心掛ければ大丈夫とのこと。
久保田さんにとって、坐禅とは?という問いに、迷いなくこう答えてくれた。

 

「非日常であり、日常です」

 


“禅コンシェルジュ”が大本山永平寺での朝のおつとめに同行してくれる他、大本山永平寺での坐禅体験や“開也の間”での坐禅体験も柏樹關ならでは。“香湯の湯”で身を清めるプラン等、禅体験を全身で味わえる唯一無二のサービスが充実。住:福井県吉田郡永平寺町志比6-1 電:0776-63-1188 公式ホームページ instagram 大本山永平寺の公式ホームページはこちら

明朝、4時10分頃大本山永平寺へ。流れは、“法話(僧侶さまからのお話)→朝のおつとめ参拝→諸堂案内→一旦『柏樹關』へ戻り朝食→大本山永平寺に戻り、10時から坐禅体験”といった感じ。朝のおつとめレポに入る前、法話で聞いた話をベースに大本山永平寺について少しだけ。MAPで全体図をザッと把握しつつ、“七堂伽藍(しちどうがらん)”と呼ばれるお堂を一先ず抑えておきましょう。

①法堂:住職が説法をする道場で、朝のおつとめも行われる。
②仏殿:御本尊であるお釈迦様がお祀りされている。
③僧堂:修行僧の方々の生活拠点。
④庫院(くいん):食事を作る台所などがある。
⑤浴室:文字通りお風呂。
⑥東司(とうす):おトイレ。
⑦山門:入門時に初めてくぐる門。NHKの放送でもよく映る場所。

現在修行僧は120名程度で、今年の4月には、60名程度が入門した。入門すると、小さい荷物と一緒に背負ってきた“学歴や役職、趣味や貯金。友人関係”も、ぜ~んぶ手放し、“ゼロになること”から始まるという。

そして、大本山永平寺で学ぶことは、とてもシンプルだという。『ものすごく基本的なことを、毎日、ものすごくきっちりやる』。線香を真っすぐ立てたり、姿勢をキチンと正したり……。毎日毎日同じルーティンを、ひたすら繰り返すのだ。

そして、ここでの修行は、一生忘れられない経験になるという。


5時すぎ。法話を聞いた後、法堂に場所を移し、毎年5月~7月の3か月間だけ行われる“楞厳会(りょうごんえ)”という修行僧の無事を祈る朝のおつとめへ。修行僧がぐるぐると歩きながらお経を唱えるというスタイルで、この規模でみられるのは世界中でも希少とされる。帰りの新幹線で、“この瞬間だけは、頭のなかが空っぽだったなぁ”と、流れる景色を眺めながら、貴重な体験を心に留めた。

そして、坐禅体験へ。只管打坐。すなわち、ただひたすら坐ることが終着点であり、仏そのもの。これこそ、道元禅師が日本に持ち帰った正伝の仏法だ。

面壁といい、壁に向かって坐禅を組むのが曹洞宗の作法とされる。前日久保田さんに教えて頂いた通り、半跏趺坐(ギリギリの)・法界定印・視線は45度下へ。そして、いよいよ坐禅スタート。
……。…………。……。34年で最長の10分間だった(笑)。
ふと気づけば考え事をしてしまい、受け流そうと努力し、後何分かな?なんて考えちゃったり。そんな、雑念まみれの初坐禅だった。


旅の終わりに、禅を求める人が増えているワケを聞いてみた。「それは、坐禅の姿勢が、人間が落ち着く姿だからではないでしょうか。普段生活していると、常に比べることが付きまといますよね? それが迷いや苦しみの原因になる。それら一切を手放した姿こそが、坐禅。坐禅中は、息を吸うときは吸い込むことだけ、息を吐くときは吐き出すだけです」。
坐禅を組むことは、情報過多で、肩の力も入りっぱなし、鍵盤をひたすら連打する日々に必要な、自然の休符なのかもしれない。

また、坂上さんは「日々の体調管理がとても大切。風邪を引いたりケガをしていたら、そもそも坐ることすらできませんから(笑)」と付け加えた。……まずは、痛風を治してから(苦笑)だ。

 

そしてただひたすら……

 

Don’t think,feel.

 


問い合わせ先/タケフナイフビレッジ☏0778-27-7120 柏樹關☏0776-63-1188
写真/松島星太 文・編集/増井友則

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