文房具グルメ

文房具グルメ キュリダスの万年筆

19世紀から20世紀の中頃まで、万年筆は「最新の筆記具」であった。それはかつて墨と筆が最新だった時代があったように、それに代わる選択肢が当時としては存在しなかったからである。安価で便利なものが繁栄するのはこの世の常で、ボールペンの登場により、万年筆は徐々に「実用性」の最前線からは遠ざかってしまった。

買ってくればすぐに使えるボールペンと比べてしまうと、万年筆はたしかに手間がかかる。インクを補充しなければいけないし、洗浄などのメンテナンスも必要だし、ボディの素材によっては劣化や傷を防ぐために、取り扱いにさらなる注意が必要だ。そういったこともあって、万年筆は機械式の腕時計や着物、フィルムカメラのように、どちらかといえばその手間も含めて楽しめるだけの余裕がある大人の嗜み、というイメージを抱いてる人が多いように感じる。

だが、万年筆にはボールペンにはないよさもある。なかでも注目したいのは、その書き心地だ。ボールペンは構造上、ペン先のボールが回転して紙にインクを転写する。そのため、筆記の際には常に一定以上の力で紙に押しつける必要がある。一方、万年筆は毛細管現象によって、ペン先が紙に触れた瞬間にインクが出る。筆圧をほとんどかけなくても筆記ができるのだ。このスルスルとして抵抗がなく、あたかも脳と手が直結しているかのような書き心地は、万年筆独特のものであり、またデジタル化が進んだ今だからこそ、再び活きるものではないか、と思うのだ。

先に万年筆はボールペンに実用性の面で取って代わられた、という話をしたが、そのボールペンも今や、パソコンなどのデジタルツールに取って代わられつつある立場にある。とくに、提出する書類や伝票類、資料の清書を行う場面で手書きが使われることはほとんどなくなってしまった。

そんな今の時代においてもなお、手書きが活きるのは、川でいえば源流に近い部分である。まだ確かな形を成していない思考やアイデアを捕まえようとするとき、とりあえず頭の中を書き出してみようとか、パワーポイントで資料を作り始める前にラフスケッチを描いてみようというとき。AIなどのテクノロジーが発展したからこそ、「人間にしかできない」と改めて求められている部分に、万年筆の書き心地が活きてくるのだ。

しかし、一度は「大人の嗜み」になってしまった万年筆。どうにもスーツでビシッと決めたファッションに合うような、「きちんと」した雰囲気のものが多い。好みの問題でもあるが、柔軟な発想に似合うような、いい味で「くだけた」ニュアンスのものが欲しい。それも今までのエントリーモデルにあるようなカワイイのじゃなくって、もう少し大人っぽい感じというか……

と、思っていたところに颯爽と登場してくれたのが、プラチナ万年筆の「キュリダス」である。万年筆といえばキャップ式がほとんどというなかで、こちらはボールペンで慣れ親しんだノック式。そしてなんといっても目を引くのは、樹脂製のスケルトンボディである。従来の万年筆はどちらかといえばクラシカルなイメージであるのに対し、ノック式の複雑な機構を存分に堪能できるデザインはどこか未来的でさえある。カチッカチッと手ごたえの強いノックの「スイッチ感」と相まって、やるぞ! 今までにない新しいアイデア出すぞ! という気分を高めてくれる。

ペン先は一般的には書き心地が硬いといわれるステンレスだが、調整がいいのか、筆記してみると非常に滑らかに紙の上を走っていく。プラチナ万年筆の製品はもともとペン先が乾きにくいというのがひとつの代名詞になっているけれど、キュリダスにもそのこだわりが受け継がれているのが嬉しい。インクのフル状態から半年程度使わずにいても半分以上インクが蒸発せずに残っているというのは、メンテナンスに手間をあまりかけたくないというライトユーザーにはありがたい配慮である。

文房具グルメ キュリダスの万年筆

キュリダスを使っていてふと思い浮かんだのは、今までの大人向け万年筆が「スーツにネクタイでフレンチのフルコース」だとしたら、キュリダスは「ジャケットにTシャツ&デニムで立ち飲みフレンチ」だな、というイメージ。ちょっと特別な日にビシッとカッコをつけて背伸びしたお店にいくのも素敵だけれど、普段の週末はサラッと気取らず、でもしっかり美味しいフレンチを食べたいな、という大人におすすめしたい万年筆なのだ。

ペン先の種類は、極細(EF)、細(F)、中(M)が用意されている。私はボールペン感覚というよりも、むしろスケッチブックにサインペンでアイデア出しをするように使いたいと考えて、Mを選んだ。コンバーターでさまざまなボトルインクを楽しむこともできるが、ここはあえてカートリッジを入れて、とことん気軽に使い倒したい、と思わせてくれる一本である。

7,000円
https://www.platinum-pen.co.jp/curidas_jp.html

※発売日は2月28日。一部店舗にて先行販売を実施中。

※表示価格は税抜き

ヨシムラマリ

ヨシムラマリ

神奈川県出身。子供の頃、身近な画材であった紙やペンをきっかけに文房具にハマる。現在は会社員として働くかたわら、イラスト制作や執筆を手掛けている。著書に『文房具の解剖図鑑』(エクスナレッジ)。

文房具グルメとは? 価格やブランド名だけでは価値が計り知れない、味わい深い文房具の数々。フランス料理店でシャンパングラスを傾ける記念日もあれば、無性にカップ麺が食べたくなる日もありますよね? そんな日常と重ねあわせて、文房具に造詣の深い気鋭のイラストレーターが気になるアイテムとの至福のひとときをご紹介!

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