タジマ工業の刺繍機

数年の間に世界を一変させるかもしれない。そんな可能性を秘めたDXにフォーカスする連載「プロジェクトDX」。時代の変化やニーズに、DXを通じて見事に応える優れたサービスの開発者や現場を訪ね、未来を変える可能性や、そこに秘められた思いを紹介していきます。

Shopifyに刺繍のパーソナライゼーションが組み込める

最近、服や小物に文字やイラストを刺繍できるサービスを目にしませんか? 筆者の周りでも無印良品、ユニクロといったチェーン店やショッピングモールで、刺繍サービスを展開しているのをよく見かけます。ベーシックなアイテムと相性が良く、自分らしさを表現できるカスタム刺繍。その需要は今後ますます高まりそうですが、刺繍マシンを動かすには専門的な知識が必要で、長らく新規参入の壁となっていました。そんなハードルをDXで飛び越えたのが今回紹介するタジマ工業です。世界最大のECサイトプラットフォームShopify(Begin Marketもじつはこれです)と連携し、未経験でも自社ECサイトに刺繍のパーソナライゼーションを組み込める画期的なソリューション「DG.NET SaaS」がリリースされたと聞き、プロジェクトDX取材班は開発元のタジマ工業に向かいました!

プロジェクトDX ~挑戦者No.13~タジマ工業のDG.NET SaaS

タジマ工業のマスコットキャラクター タジマン
マスコットキャラクター「タジマン」がお出迎え。

タジマ工業は80年の歴史を持つ刺繍機メーカーで愛知県春日井市に本社があります。1964年から「多頭式刺繍機」の開発をスタート(※多頭式とは、一つの刺繍データから同時に複数の刺繍を行うことができるマシンのことで、大量生産に向く)。機械化に成功し高価だった刺繍を身近なものにすると、多頭機で培った技術&ノウハウを活かし現在まで3000種類以上の刺繍機を製作、130を超える国やエリアに送り出しています。ラグジュアリーブランドをはじめ、数多くのブランドに採用されていて、日本に暮らすほとんどの人が何らかの形でタジマ工業の機械で作られた刺繍に触れているのだそう。

フラッグシップモデルの多頭式刺繍機 TMCR-VF
フラッグシップモデルの多頭式刺繍機「TMCR-VF」

さて、本コーナーのタイトルにもなっているDX=デジタル・トランスフォーメーション。DTと表記しないのは「Trans」を略す際、英語圏では「X」が使われるから。トランスは「横切って」という意味で、同義に「Across」という言葉があります。アクロスは「十字に交差する」というイメージを持つので「X」が当てられるようです。

ここからは筆者の推測ですが「cross」は「掛け合わせる」という意義もあり、「DX」にはデジタルを乗算して新しい何かへ変える、そんなニュアンスが含まれているように感じます。そういう意味で言うと、1960年代に訪れた高度経済成長期の技術革新で「刺繍の大衆化」を引き起こしたタジマ工業が、DXにおいて再び刺繍の価値を創造しようとしているのは必然なのかもしれません。

今回の主役「DG.NET SaaS」の、エンドユーザーから見た魅力は、刺繍デザインがオンラインで手軽に体験でき、しかも創作のワクワク感もしっかり味わえるところ。事業者目線では、今までの刺繍サービスと比べ導入がイージーで、受注時のワークフローを半分以下に減らすことができる上、製品クオリティもむしろ向上させる点が挙げられます。これらがもたらすのは「誰もが簡単に高品質なカスタム刺繍を作って売り買いできる」という状況です。刺繍に馴染みのない人はピンと来ないかもしれませんが、例えばTシャツは、自分の好きなブランドやアーティスト、音楽、メッセージを表現するキャンバスという側面もあります。これを可能にしたのは、60年代にシルクスクリーン印刷が発達したからでした。「DG.NET SaaS」でプリントするように刺繍が製作できれば、これまで以上に新しい刺繍の表現や文化が生まれてくるはずです。

DG.NET SaaS レイアウト画面
デモンストレーションの様子。エンドユーザーがオンラインで刺繍の種類や言葉をレイアウトできるようになります。

刺繍ならではの繊細な表現をより身近に提供することが課題

「マーケットを見ていると刺繍のあり方が変化し、今までになかった需要の広がりを感じます」。そう話すのは広報を担当する経営企画室の三矢実奈さん。タジマ工業はアジア、ヨーロッパ、北米などに60社以上の代理店を持ち、グローバルな販売・サポート網をもっています。「手間と時間がかかる刺繍は品質の高い加工と認識されていて、世界中で衣服やアクセサリー、インテリアの装飾に使われてきました。近年は、SNSの影響も大きく、個性やオリジナリティを表現する手段としてその価値が再認識されています。刺繍ならではのハイクオリティで繊細な表現を、より身近に提供することが私たちの課題だと考えています」

タジマ工業 経営企画室の三矢実奈さん
経営企画室の三矢実奈さん。広報、マーケティングに加え、新規事業のプロジェクトにも参加。

タジマ工業が歩んできた歴史は、刺繍の進化とそっくり重なります。1944年に設立し、1960年代にそれまで手縫いだった刺繍を機械化すると、色替えの自動化、編針の増設(使える色数の引き上げ)、特殊な縫い付け、静音化など、先端技術でユーザーのニーズに応え続け、リーディングカンパニーの地位を不動のものとしました。「DG.NET SaaS」にも、DX時代における先駆的なアプローチが結集しています。

刺繍機は1秒間に約16回針を落とす。その一針一針をAIが調整し美しい刺繍を作る

刺繍機業界で革命と称されるAI機能「i-TM」(Intelligent Thread Managemen)を、マーケティング部を統括する田島 良さんに伺いました。

タジマ工業 マーケティング部の田島 良さん
マーケティング部長を務める田島 良さん。

「従来の刺繍機はミシン前面のツマミを回して糸の供給量を決めたり、布押さえもカバーを外しドライバーでパーツを上下させる必要があって、どうしてもオペレーターの経験差が出たんですね。AI搭載機はその点を改善しました。刺繍機は1分間に1000回針を落とすんですが、新開発した『i-TM』は刺繍データと生地の厚みからAIが一針毎に調整します。刺繍は様々な縫い方で柄を表現しているんですが『i-TM』はランニングステッチはしっかり、サテンステッチは柔らかくなど、それぞれのステッチにおける最適な糸の使用量を計算し、それによって、経験がなくても美しい表現ができるようになりました。お客様からも仕上がりが全く違うという声を頂いています」

ステッチによって異なる糸の使用量を自動計算

生地厚みの自動検知

刺繍のワークフローを半分以下に簡略化するソフトウェア

このような職人技術のオートメーション化はハードだけでなくソフトウェアにも及びます。それが「DG.NET」と呼ばれるシステムです。

「刺繍を作るには、まず刺繍のデータが必要なんです。昔はロール紙に穴(パンチ)をあけた記録媒体で針の落ちる位置を指定してました。その名残で『パンチングデータ』と言うんですが、パンチングを作る際、ステッチの縫い方や、方向、順番、縫い縮みといった要素も顧慮しないといけません。これも刺繍が難しいとされる要因でした」と田島さんは続けます。

「DG.NET」はこのパンチング工程を自動化。それに伴い仕様書の作成、データ作成、データの送信といった作業も省略され、スピーディでミスなく刺繍加工へ進めるようになりました。

刺繍サービス DG.NET

「『DG.NET』はECサイトに組み込め、アクセスしたエンドユーザーが、プレビューを見ながら刺繍したい言葉やフォントを自分でレイアウトできるので、顧客満足度もグッと高まるんです」と三矢さん。海外では100社以上に導入されていて、利用状況に合わせプランを選べるのだそう。「DG.NET」には、ソフトウェアを自社サーバに導入する「DG.NETオンプレミス」と、クラウドサーバーを経由して使う「DG.NET SaaS」があり、後者にはさらに4つのレベルが用意されています。SaaSはサーバーを構築する必要がなく前述のECプラットフォーム『Shopify』にも組み込めるため、初期費用を抑え刺繍パーソナライズビジネスをスタートできます。「海外では、個人のお客様がAI刺繍機と『DG.NET SaaS』をセットで購入され、数年で大きく成長されたという事例も聞いております」

「また、ECサイトを運営する際、オフィスと物流拠点が別になることがありますが、DG.NETなら刺繍機を倉庫に置いておけば、専門知識がなくとも、その場で商品に刺繍を施し配送するなんてこと可能です。稼働状況や進捗をオンラインで確認でき、生産情報から自動でレポートの作成もできます」

DG.NET SaaSを試してみました

DG.NET SaaS 刺繍のデータを登録
ECサイト運営者側で元となる刺繍のデータを登録します。今回はデモンストレーションなので国旗やBeginの文字をご用意いただきました。

DG.NET SaaS 好みの刺繍を選択
サイトにアクセスしたユーザーが好みの刺繍を選択。大きさや配置を調整することも可能。

DG.NET SaaS 受注
受注した刺繍は即時に刺繍データ化され、オンラインで運営者に届きます。バーコードで読むとるだけなのでミスも起こりにくい。

DG.NET SaaS デザインを確認
刺繍をする前にデザインを確認します。

生地をセット
刺繍を入れたいアイテムを枠にはめて、刺繍機にセットします。

刺繍機
1秒間に約16回針が落ちます。その一針毎にAIが調整を行います。

完成した刺繍
数分で完成。思った以上に速くて簡単でした。

単頭刺繍ミシン TMEZ-SC
今回のデモで使ったのは、AI搭載の単頭刺繍ミシン「TMEZ-SC」。

ユーザーのニーズを、ハードとソフト両軸でサポートする体制がDG.NET SaaSへ繋がった

「i-TM」「DG.NET」「DG.NET SaaS」など、刺繍業界に大きな変化をもたらすタジマ工業。同社のDXを可能にしたポイントを伺ったところ「2022年8月にカナダ・オンタリオ州にあるソフトウェア会社をグループに取り込むことでDXを加速させた」との答えが返ってきました。刺繍やプリントといった加飾の分野に秀で、タジマ工業とは20年来のパートナーでしたが、買収したことで、ユーザーのニーズをハードとソフト両軸でサポートする体制ができあがったといいます。以下は田島さん。

「ソフトウェアを買収したのは大きな起点だったと思っています。前例がないことだったので、タジマ工業がもともと持つ製造の技術面と、最先端ソフトウェア、両者を連携させるところはすごく難しかったですが、無事一つになったことで、今後はさらにその動きを加速させていこうと考えています。今までアジアのお客様の声が、ソフトウェア開発を手がける欧米の企業まで伝わるのは難しかったんですね。それが同じグループになって、こういう風にECに取り組みたいとか、こんな事業考えているとか、日本のブランドのニーズをタイムリーに反映し、開発できるようになりました。そうして生まれたのがオリジナルソックスを作れる『Tabio』さんのカスタム刺繍サービスなんです」

Tabioは大阪の靴下メーカー。DG.NETオンプレミスを導入し、オンライン上でユーザーが刺繍の柄や位置を決められるサービスが人気を呼んでいます。

Tabioのカスタム刺繍サービス

「ハードウェアだけ見ていたらBtoBビジネスなのでお客様はメーカーの方だけ。それがソフトを取り込むことでBtoCに、エンドユーザーもお客様になるんです。そうすると刺繍をオーダーするときの面白さといったものも付加価値として提供できるようになるんですね。我々のゴールは刺繍の価値を上げるというところなので、今後もend-to-endで業界全体で刺繍の価値向上に努め、世界一の刺繍カンパニーとして未来に驚きと感動を伝えていきたいです」

タジマ工業ではミシンやソリューションの他、刺繍技術を応用し、炭素繊維強化樹脂の比剛性を約3倍引き上げる成形法を開発。自動車や航空機などのパーツに採用されるなど、他分野への進出も積極的です。「刺繍」で世界を面白く繋げていく、タジマ工業が描き出す未来にワクワクしっぱなしの取材となりました。

手書きイラストを刺繍にしてみた

DG.NET SaaSの取材後、コンパクト刺繍ミシン「彩」を使って、手書きイラストを刺繍にする体験をしたので、タジマンと一緒にレポートします。

マジックでタジマンのイラストを描く
マジックでタジマンのイラストを描きました。

スキャナで取り込み
スキャナで取り込みます。

イラストを専用ソフトで刺繍に変換
イラストを専用ソフトで刺繍に変換します。自動変換されますが、ステッチの種類などを指定することも可能です。

SDカードでデータを読み込み
SDカードでデータを読み込みます。データになったタジマン。

コンパクト刺繍ミシン 彩
家庭でも設置できるサイズのコンパクト刺繍ミシン「彩」を使いました。

コンパクト刺繍ミシン 彩
タジマンの外周部分から縫われていきます。

完成した刺繍
5〜10分程度で完成。ワークショップなどで魅力的なコンテンツになりそうです。

タジマ工業のマスコットキャラクター タジマン

というわけで、今回のプロジェクトDXはここまでです。タジマンありがとう!

タジマ工業
https://www.tajima.com/jp/


写真/中島真美 文/森田哲徳

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